寂しい女性と接した時に男として思うこと~自分を大切にできない女を、男は大切に扱わない

寂しい女性と接した男性のイメージ

「寂しい女性」と接していると、男性として複雑な気分になることがある。
なぜ寂しいと感じているのかの理由は色々あるのだと思うけど、失恋だったり恋愛との縁が途絶えていたり、いずれにしてもただ一緒にいるだけで女性の抱えた寂しさに触れる機会がある。

あなたの周りにも「寂しい女」と、つい思ってしまうような人はいないだろうか。
または、あなた自身が、隠しているけど「寂しい女性」だったりしないだろうか。

寂しさを常に感じているような女性はつい刹那的な優しさを求めて悪い恋愛にも走りがちで、自分を大切にできない女性のように映る。でも、そうなれば相手の男性からも大切にされないから、恋愛自体がさみしさの原因になっているケースもあって複雑だ。

この記事では、「寂しい女」と接した時、男性として思うことをまとめてみよう。
自分を大切にできない女を男は大切に扱わないところがあるから、その理由についても触れていきたい。

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寂しさを埋めようとすれば相手はそれを感じる

寂しさを抱えた女性と接する時、話しているうちにそれに気づく瞬間は多い。
特に女性はそこら辺を打ち明けるのに抵抗のないタイプも多いから、自分から「寂しい」と話す場合もよくあるだろう。

抱えた寂しさに向き合い続けるのもしんどいし、何かがはじければどんな形であれ埋めたいと思うこともあるものだけど、「寂しさを埋めよう」とすれば、隠していても相手に伝わってしまう。

それが「特定の人」に向けられた感情ならそれでもいいと思う。
「寂しい」気持ちはどこかに人が抱えるものだと思うし、それが人との関わりについて積極性が引き出される理由になったり、時にはやさしさの根源とすらなることもあるから。

でも「寂しさを埋めよう」とした女性は、経験上「不特定多数」に救いの手を求める場合が少なくなくて、「異性」というカテゴライズされただけの対象にも向ける。

確かに「恋愛的な温もり」は一時的に寂しさで空いた穴を埋めてくれるものでもあるから、気持ちはとてもよく理解できるけど、特定の誰かではなく、不特定多数の内の一人として向けられた愛情は人を動かすほどのパワーを持っていなくて、結局寂しさで空いた穴をまたエグってしまうように思う。

寂しさを埋めようと思ったのが後か先かにかかわらず、そう思っていることが相手に伝わると、もし恋愛に逃げるような形で誰かにやさしさを求めれば、「表面上のやさしさ」を得るに留まるんじゃないだろうか。

その先にあるもの、もしくはそれに付随してついてくるものが副作用となって、結局自分を傷つけることは多い。

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自分をどのように扱っているかで人はその人の扱い方を決めるところがある

人と接する時、その人の「扱い方」をどこか自分の中で決定しているところがある。
こういってしまうと何だか機械的で且つ寂しい考え方のように映るけれど、実際のところでは無意識の内でもやっていることだと思う。

その際、自分が自分をどのように扱っているかはとても重要な意味を持っている。
一次情報として相手が持っている「セルフイメージ」は自分が相手のイメージを決定することに大きく関わっているのである。

当然ながら初期に得た情報はその後のコミュニケーションやエピソードと共に修正されていくけど、「寂しさ」が持っているパワーだろうか、今回のテーマで言うところの「寂しい女性」は、相手に与えるイメージを下げるパワーも強いと感じることが多い。

自分をどのように扱うかで人はその人をどのように扱うか決めるところがある以上、その人にとっては自分を大切にされないことに繋がってしまう。

抱えた寂しさをどう処理しているか

繰り返しになるけれど、寂しい気持ちは人がどこかに持っているものだと思う。
どんな経験をしても、結局人は人を求めることになるのは「寂しさ」の与えている影響も大きいはずだ。

従って、抱えた寂しさそのものがいけないものではないはず。

では、問題となるのはどんなことだろう。
それは、「寂しさをどう処理しているか」だと思う。

寂しい気持ちに負けてしまって一時的な温もりを得ることに走ってしまう「さみしい女」は、「私なんて…」という発想に至りがちがちだ。

それでもどこかに諦めきれない気持ちとのせめぎ合いがあるなら別の話になってくるが、完全に「諦めてしまう」と落ちていくようなところがあるように感じる。

痛々しくそれを男性が感じればいいけど、悪用するように発想する男性も出てくるだろうし、それは男性の性を考えれば、現実的に「よく起こり得ること」だとも言えると思う。

寂しさと戦っている女性は応援したくなる

男性は本能的に女性を守りたいと思うものだ。
その点で、寂しさと戦う女性を「可愛い」と思い、自分がどうにかしてあげたいと思うことも出てくる。

諦めずに戦っている女性なら「寂しい女」だったとしても、その寂しさが大切に扱われる理由になることもあるだろう。
応援したくなる人が増えれば、恋愛的な温もり以外でも享受する人からの温もりは多く、自分のプラスになることも増えると思う。

寂しい時は、誰かに埋めてもらおうと発想することがいけないことだと言われるのは、判断基準を喪失したり、誤った判断であると気付けても辛い気持ちが逃げの発想を生むからだ。
落ちていく感覚はあるはずなのに逃げたくなるから、そういわれるのではないかと思う。

でも、寂しいと感じた人が本当にフラットに戻っていくにはとても時間がかかる場合も多い。
また、人との関わりが雪解けを早くするようなところもあるから、自分を大切にしながら、あくまでも「どこかで」誰かに埋めてもらいたいと思いながら、接していても良いのだと思う。

守りたいと思う男性が現れて、最終的に幸せを感じる瞬間を迎えることだってないとは思わない。

諦めて「寂しさを埋めてくれるなら何でもいい」と思ってしまったら

寂しさの処理を「埋めてくれるなら何でもいい」としてしまった寂しい女は、男性として「どうにはしてあげたい」と思うことが急激になくなっていく。

危なっかしさは「守りたい」と思うことに直結しているように思うが、自分が諦めてしまっている人を動かすことは難しいし、投げやりな感じが親密さを奪う。

出会いやそれまでの人間関係の中で、本当に救ってくれる人が現れないとは言わない。
でも、確率の観点では決して高くなく、特に「落ちて行っている」時は離れていく人が増えてしまうだろう。

その過程の中で自分を変えてくれる人の出会いを得ることもあるけれど、その時期はいつになるか現実的な期待を持てず、案外それは一種の奇跡に近いのかなと感じることが多い。

自分を大切にできない女を男は大切に扱わない

これまでも述べてきたように、寂しさを抱えてしまうのは人としてある意味当然となることも多くあって、寂しい気持ちを抱いていること自体が問題ではなく、諦めて落ちてしまうことが問題だと思っている。
そうなると悪循環になっていってしまうからだ。

寂しい時は他人からの愛情を求める。
一時的なものであると分かっていても逃げてしまいたくなる時もあるだろう。

でも、それで自分を落としていけば、自分を大切にできなくなるし、他人からも大切にされなくなってしまう。

「あなた」を扱う人の内、「あなた自身」はその筆頭だ。
寂しい時は大切に思ってくれる人を探しているところもあると思うから、どんどん遠ざかってしまうような発想に至ることがないように、自分を大切にしてほしいと思う。

まとめ

今回は寂しい女と接したとき、男性として思うことをまとめてみた。
自分を大切にできない女を男は大切に扱わないところがあると思うのだが、あなたはどう感じただろうか。

色々なことが起こる中で、寂しい気持ちを抱くことは止めることができないことも多くある。
いつもどこかで持っているものでもあるだろう。

満たされた時間はトータルではそう長くないのかもしれない。
しかし、そこで処理を誤って自分から落ちていくような場面に遭遇してしまったら、今回のことは少し考えてみても良いのではないだろうか。

女性には自分を大切にしていてほしいと私は思う。

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